A fé vem pelo ouvir
A fé vem pelo ouvir, e o ouvir pela Palavra de Cristo. Quando a Palavra é proclamada, a fé nasce nos corações. Ouvir a Deus é o primeiro passo para crer e seguir.
A fé vem pelo ouvir
A fé vem pelo ouvir, e o ouvir pela Palavra de Cristo. Quem ouve a Palavra crê e obtém a salvação eterna.
ユダヤ人と外国人との区別はありません。同じ主がユダヤ人にとっても外国人にとっても主であり、求める者にはだれにでも、恵みを惜しみなく与えてくださるからです。 主の御名を呼び求める者は、だれでも救われるのです。
しかし、主を信じていなければ、どうして主に、「救ってください」と求めることができるでしょうか。また、主イエスのことを一度も聞いたことがなければ、どうしてそのお方を信じることができるでしょうか。だれかが教えてくれなければ、どうしてそのお方のことを聞けるでしょうか。 また、神に遣わされなければ、どうして人々のところへ出かけて教えることができるでしょうか。聖書に、「神との平和を宣べ伝え、良い知らせをもたらす人の足は、なんとうるわしいことか」(イザヤ52・7)とあるのは、まさにこのことです。
しかし、福音(キリストによる救いの知らせ)を耳にした人がみな、喜んで受け入れたわけではありません。預言者イザヤが、「主よ。彼らに語った時、だれが私のことばを信じましたか」(イザヤ53・1)と言っているとおりです。 信仰は、キリストについてのことばに耳を傾けることから始まるのです。
一つだけ聞いておきます。あなたがたは、なぜ聖霊をいただくことができたのですか。律法を守ろうと努力したからですか。キリストのことを聞き、その救いを信じて初めて、聖霊はあなたがたのところに来てくださったのです。
このキリストによって、あなたがたも救いを約束する福音を聞き、キリストを信じるようになりました。そして、キリストに属する者であるという証印を、聖霊によって押していただきました。 私たちのうちに住まわれる聖霊は、神が約束のものをほんとうに与えてくださるという保証です。私たちに押された聖霊の証印は、神がすでに私たちを買い取り、ご自分のもとに引き取ってくださっていることを保証するのです。これが、栄光の神をほめたたえる、もう一つの理由です。
よく言っておきます。わたしの言うことを聞き、わたしを遣わされた神を信じる人にはだれでも、永遠のいのちがあります。罪のために罰せられることは絶対にありません。すでに死からいのちに移っているのです。
はっきり告げましょう。死人が神の子であるわたしの声を聞く時が、もうすぐ来ます。いや、もう来ているのです。そして、聞いた者は生きます。
わたしをお遣わしになった父が引き寄せてくださらない限り、だれもわたしのところへは来られません。わたしのところに来る者を一人残らず、わたしは終わりの日に復活させるのです。 聖書には、『彼らはみな神によって教えられる』(イザヤ54・13)と書いてあります。父の語ることばを聞き、父から真理を学んだ人たちは、わたしのところへ来ます。 実際に父を見た者は一人もいません。ただわたしだけが、この目で父を見たのです。
よく言っておきます。わたしを信じている人はだれでも、すでに永遠のいのちを得ているのです。
Ouvir e obedecer
Felizes os que ouvem a Palavra de Deus e a praticam. Quem tem ouvidos ouça o que o Espírito diz.
しかしイエスは、「そのとおりです。でも、神のことばを聞いて、そのとおり実行する人のほうが、もっと祝福されているのです」と言われました。
聞く耳のある人はよく聞きなさい。
それから、こう宣言されました。「全世界に出て行きなさい。すべての人々にこの福音を宣べ伝えるのです。
こうして、イザヤの預言のとおりになりました。
『彼らは、聞くには聞くが理解しない。
見るには見るが認めない。
その心は肥えて鈍くなり、
その耳は遠く、その目は閉じられている。
彼らは見もせず、聞きもせず、理解もせず、
神に立ち返って、わたしにいやされることがない。』(イザヤ6・9—10)
しかし、あなたがたの目は見ているから幸いです。また、あなたがたの耳は聞いているから幸いです。
それからイエスは、群衆を呼び寄せて言われました。「いいですか、よく聞きなさい。
わたしのところへ来て、耳を傾けてよく聞くのだ。
あなたがたは立つか倒れるかの瀬戸際なのだ。
わたしはあなたがたと永遠の契約を結び、
ダビデ王を愛したように、
今も変わらず、あなたがたを愛したい。
「では行って、こう言うのだ。
『おまえたちは、わたしのことばを何度も聞くが、
悟ることがない。わたしが奇跡を行うのを何度見ても、
それが何を意味するのか理解することができない。』
彼らの理解力をにぶらせ、耳を閉じ、
目を見えないようにしなさい。
彼らには、見たり聞いたり悟ったり、
また病気を治してもらったりするために、
わたしのもとに戻ってほしくないのだ。」
また、私たちのことも忘れないでください。キリストの奥義である福音を伝える機会が多く与えられるように、祈ってほしいのです。この福音のために、いま私は投獄されているのです。
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