Pular para o conteúdo
Publicidade

Corpo é o templo de Deus

Por Bíblia Online

O corpo do cristão é templo de Deus. Ele habita em nós pelo Espírito Santo, fazendo do crente morada viva e sagrada do Altíssimo.

Templo do Deus vivo

Vós sois o templo do Deus vivo. Deus disse: habitarei neles e entre eles andarei. O criador mora em sua criação redimida.

あなたがたは自分たちが神の家であり、神の聖霊が自分の内に住んでおられることがわからないのですか。 もし神の家を汚したり、こわしたりする人がいれば、神様はその人を滅ぼされます。なぜなら、神の家は聖なるものだからです。あなたがたは、その神の家なのです。

体は、神様があなたがたに与えてくださった聖霊の家であって、聖霊がそこに住んでおられるのです。あなたがたの体は、自分のものではありません。 神様が多額の代価を払って、あなたがたを買い取ってくださったのです。ですから、あなたがたの体のどの部分も、神の栄光を現すために用いなさい。その所有者は神だからです。

神の宮と偶像との間に、何の一致があるでしょう。あなたがたは神の宮であり、生ける神の住まいなのです。神様はあなたがたについてこう言われました。

「わたしは彼ら(神の民)のうちに住み、

その間を歩む。

わたしは彼らの神となり、

彼らはわたしの民となる。」(レビ26・12)

あなたがたはもはや、神にとって見知らぬ他国人でも、天国に縁のないよそ者でもありません。神の家族の一員であり、神の国の市民なのです。すべてのクリスチャンと共に、神の一家を構成しているのです。 あなたがたは使徒と預言者という土台の上に建てられており、この建物の最も重要な礎石はキリスト・イエスです。 私たち信じる者は、聖なる神殿を目指す建物として、共にキリストにあって組み合わされて成長していくのです。 あなたがたもまた、キリストにあって共に建てられ、聖霊によって神の住まれる所となるのです。

家を建てる人はたくさんいますが、世界のすべてのものを造られたのは神です。 確かにモーセは、神の家のために賞賛に値する仕事をしましたが、モーセの果たした役割は後に起こることを指し示すことでした。 しかし、キリストは神の忠実な御子として、神の家のいっさいを治められるのです。もし、最後まで揺るがない確信を持ち続け、喜びと主への信頼を失わなければ、私たちも神の家となるのです。そして、神がそこに住んでくださるのです。

確かにモーセは、神の家のために賞賛に値する仕事をしましたが、モーセの果たした役割は後に起こることを指し示すことでした。 しかし、キリストは神の忠実な御子として、神の家のいっさいを治められるのです。もし、最後まで揺るがない確信を持ち続け、喜びと主への信頼を失わなければ、私たちも神の家となるのです。そして、神がそこに住んでくださるのです。

Cristo em nós

Já não sou eu quem vive, mas Cristo vive em mim. A presença de Deus no crente é privilégio e responsabilidade sagrada.

私はキリストと共に十字架につけられました。もはや、私自身が生きているのではありません。キリストが、私のうちに生きておられるのです。私のためにご自身をささげてくださった神の御子を信じた結果、今、私のうちにはほんとうのいのちが与えられています。

イエスはお答えになりました。「わたしを愛し、わたしのことばを守る人にだけ、わたしは自分を現すのです。父もまた、そういう人を愛してくださいます。わたしたちはその人のところに来て、その人といっしょに住みます。

ですから、愛する皆さん。いま私たちは、イエスが血を流されたことによって、神のおられる至聖所に堂々と入って行けるのです。 この新しいいのちに至る道は、キリストがご自分の体という幕を引き裂くことによって開いてくださいました。私たちはこの道を通って、きよい神の前に進み出ることができるのです。 また、このキリストという偉大な大祭司が神の家を支配しておられるのですから、 私たちは、まちがいなく受け入れられるという確信と真実な心をもって、神の御前にまっすぐ進み出ようではありませんか。すでに、私たちの心はキリストの血を注がれてきよめられ、体はきよい水で洗われているのです。

しかし、あなたがたはそうではありません。あなたがたは神から選ばれた王なる祭司であり、きよい民として神のものとされた人たちです。それはすべて、どうして自分が暗闇から神の驚くべき光へと招き入れられたかを、人々に語り伝えるためなのです。

Seja o primeiro

Este artigo te tocou? Faça uma oração!

+581 estão orando agora.

Junte-se à corrente de oração.